大阪高等裁判所 平成元年(ネ)2574号 判決 1990年9月27日
控訴人 渡邊捨蔵
同 渡邊寛
右両名訴訟代理人弁護士 占部彰宏
被控訴人 渡邊千代乃
同 大津繁子
同 牧野外美吉
同 上村増義
同 岡住吉
同 小林順三
同 後藤嘉弘
同 弓削倫子
右八名訴訟代理人弁護士 吉田肇 金子武嗣
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人渡邊捨蔵と被控訴人渡邊千代乃及び同大津繁子との間では同控訴人の負担とし、控訴人渡邊寛とその余の被控訴人らとの間では同控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人渡邊捨蔵が被控訴人渡邊千代乃に賃貸している原判決添付別紙物件目録(一)の土地(以下同目録記載の土地につき、「本件(一)の土地」というように略称する。)の賃料は、昭和六三年六月一日以降一か月当たり八九、三〇〇円であることを確認する。
2 控訴人渡邊捨蔵が被控訴人大津繁子に賃貸している本件(二)の土地の賃料は、前同日以降一か月当たり一二九、二〇〇円であることを確認する。
3 控訴人渡邊寛が被控訴人牧野外美吉に賃貸している本件(三)の土地の賃料は、前同日以降一か月当たり八九、一〇〇円であることを確認する。
4 控訴人渡邊寛が被控訴人上村増義に賃貸している本件(四)の土地の賃料は、前同日以降一か月当たり八一、一〇〇円であることを確認する。
5 控訴人渡邊寛が被控訴人岡住吉に賃貸している本件(五)の土地の賃料は、前同日以降一か月当たり八〇、七〇〇円であることを確認する。
6 控訴人渡邊寛が被控訴人小林順三に賃貸している本件(六)の土地の賃料は、前同日以降一か月当たり六九、二〇〇円であることを確認する。
7 控訴人渡邊寛が被控訴人後藤嘉弘に賃貸している本件(七)の土地の賃料は、前同日以降一か月当たり四五、〇〇〇円であることを確認する。
8 控訴人渡邊寛が被控訴人弓削倫子に賃貸している本件(八)の土地の賃料は、前同日以降一か月当たり六五六、〇〇〇円であることを確認する。
訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら 主文同旨
第二当事者の主張 当事者の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
(当審における控訴人らの主張)
原判決及びその依拠する本件鑑定の結果には次のような不当な点がある。
1 基礎価格の上昇について
土地価格が従前賃料改定時点から今回改定時点までの間に著しく上昇したのに、本件鑑定の結果中には、本件土地価格、基礎価格の上昇について検討されていない。この点は賃料鑑定に最も重要な要素であるところ、この点の検討を欠く鑑定は基本的視座を誤っている。
2 スライド法について
本件におけるような地価高騰時における適正賃料額の算定には、スライド法自体はほとんど意味をもたない。
そればかりでなく、本件鑑定の結果中にはスライド指数を判定するについて、総合物価指数、地価変動率のほか、家賃指数、固定資産税評価額も考慮されているところ、昭和六三年六月時点の家賃指数にはまだこの間の土地価格の上昇は反映されていないという不当な点があり、固定資産税評価額については、税務当局が徴税の観点から土地価格の上昇をそのままこれに反映させず、極めて緩やかな改定をしているのであり、これを指数判定の資料とすることは不当である。
3 差額配分法について
本件鑑定の結果中には、配分法として四分の一法が採用されている。
継続賃料の保守性として二分の一を留保することの根拠として、長期にわたる賃貸借であり、もともと賃料が安いというのみでは、合理性がない。
4 更地利回り法について
本件鑑定の結果中には、一般的な継続地代の水準を斟酌するため、更地利回り法による賃料も試算されている。そこにおいて、利回り率を〇・五パーセントと推定しているが、それは合理的根拠を欠き、鑑定人の独断である。
5 本件(八)の土地の賃料について
本件鑑定の結果中には、本件(八)の土地に関して下方修正が行われているが、もともと本件鑑定では以上の算定方法の採用ないし計算方法につき押し並べて賃料を低額に抑えこもうという配慮が働いているのに、そのうえに右のような下方修正までなされることは納得いかない。
第三証拠関係<省略>
理由
一 当裁判所も控訴人らの被控訴人らに対する本訴請求は原判決が認容する限りにおいて理由がありその限度でこれを認容すべく、その余は棄却されるべきであるものと判断するが、その理由は、次に付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(当裁判所の付加する理由)
まず、地代家賃統制令(昭和二一年九月二八日勅令第四四三号、同六〇年一二月二四日法律第一〇二号により同六一年一二月三一日失効)の適用があった土地である(一)ないし(七)の土地の適正賃料について、理由を付加して述べる。
賃料増額請求の制度の実質上の根拠は、講学上いわゆる「裁判官による契約内容の改定」の理論にあると解されるところ、その理論は借地契約時又は従前賃料決定時より契約の基礎に変更があるが、当事者間に協議が整わないときには、信義則上、裁判官が当事者の見地及び社会全体の見地の双方からみて合理性が認められる賃料を決定することを承認するものである。
地代家賃統制令については、借地契約は法律上その解約が制限されているのに、地代については一定要件を充たす契約については同令によってその増額が抑制されて、貸地人と借地人との間の公平を失するに至っていることが指摘され、その趣旨から昭和六一年一二月三一日に同令を失効させる改正がなされたところである。
しかしながら、もともと借地契約上の関係は継続的契約関係であり、貸地人と借地人との間の信頼関係に依存するところ大であって、合理的経済人の見地からみて、契約関係の急激な変更は相互に控えるべきであり、社会全体の見地からみても、同令が失効したからといって、直ちに大幅な値上げをすることは社会に混乱を招き相当でない。
将来、同令の適用があった土地についても同令の適用がなかった土地と同列に並べて地代を決定すべきときが来ると考えられるが、当事者の信頼関係及び社会全体の動きに照らして、その増額については慎重に検討されるべきである。
同令の適用があった土地である本件(一)ないし(七)の土地の適正賃料については、このような基本的な見地から検討されるべきである。このような見地からみるとき、原判決の理由中のこの点に関する説示は正当であり、その説示は当審における証拠調べの結果によっても左右されない。
つぎに、当審における控訴人らの主張中、1ないし3の主張についてみるに、右主張はいずれも原審においても主張され、原判決において説示されている点であり、当裁判所の理由も前記引用に係る原判決理由説示のとおりであるところ、控訴人らの右主張は独自の見地から原判決及び本件鑑定の結果を非難するものであり、採用の限りでない。
なお、本件鑑定の結果中に採用されている差額配分法における貸主への帰属率についてみるに、<証拠>によると、一般に差額配分法における貸主への帰属率に関する鑑定の方法については、事案又は鑑定人により二分法、三分法、四分法、二割とする方法などまちまちであるが、この事実に照らして考えると、本件鑑定の結果中には四分法が採用されていて、これが鑑定の常識を外れる方法でないことが明らかである。
当審における控訴人らの4の主張についてみるに、当審証人切目進の証言によると、更地利回り率については、鑑定時に存在した鑑定協会内部資料である統計資料及び鑑定人としての知識、経験に基づいて判定したことが認められ、これを不合理で、鑑定人の独断であるとはいえない。
なお、<証拠>によると、更地利回り率は、必ずしもすべての鑑定書に見られるものではないが、例えば、昭和六〇年一月一日を鑑定基準日とする場合に〇・五二パーセント(<証拠>)、平成元年六月一日を鑑定基準日とする場合に〇・五パーセント(<証拠>)と見ている鑑定書があることが認められ、これらの事実に照らして考えても、本件鑑定が昭和六三年六月一日を鑑定基準日とする場合に〇・五パーセントとしたことが不当であるといえないことが明らかである。
当審における控訴人らの5の主張についてみるに、本件(八)の土地につき、なるほど、本件鑑定の結果及び当審証人切目進の証言によると、原則的計算によれば月額一九万一六六六円であるところ上昇率等も考慮して下方修正して月額一八万五〇〇〇円という結論を導いていることが認められるが、上記基本的見地に基づく認定、判断に照らして考えると、これを不当と断ずる理由を見出すことはできない。
二 してみれば、これと同旨の原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柳澤千昭 裁判官 東孝行 裁判官 松本哲泓)